DS版スーパーマリオブラザーズの思い出

小説とか

 小学生の頃の思い出。エッセイ的なアレで、読了目安は2分です。大体本当です。

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DS版スーパーマリオブラザーズの思い出

 公園でゲートボールを楽しむ老人たちが、心底憎かった。ボールを使おうとした私たちに早口な説教をかましながら、自分らは悠々と球を転がす。彼らの理不尽な娯楽と遊具撤去の荒波にのまれ、私たちの遊び場は少しずつ室内へと変わっていった。そんな日の思い出だ。

 今になって考えれば、私は小学生のあの時に一生分の運を使い果たしていたのだろう。タンスの角に小指をぶつけたときも、ソシャゲのガチャで爆死したときも、幸運を思い出せばほんの少しだけ救われる。焼け石に水、と言ってしまえばそれまでなのだが、けれど無いよりははるかにマシなのだ。

 とある懸賞で、任天堂のゲーム機、DSライトが当たった。記憶は曖昧だが、近所の中古屋で開催されたビンゴイベントだったように思う。親から『ゲームを買うこと』を禁止されていた私にとって、それは自分の力で手に入れた、はじめての宝物だった。値段にして1万6千円、子供の世界におけるこの価値は、現代訳で家一軒分丸々受け取ったくらいの感動だったはずだ。プレミアがついていた、とでもいえばいいのだろうか。

 それまでの私の電子的娯楽といえば、親戚の中年男性から譲り受けたゲームボーイポケットが最新機種だった。無償で与えられた娯楽に対していくらかの文句を吐き出した記憶があるが、思えばどうしようもなく失礼なことをしたものだ。『ニビジムのタケシが強すぎる』と相談した1週間後、ヒトカゲがリザードンになっていた時の衝撃は、今も忘れることができない。故に私は中間進化のリザード君を知らない。

 それはともかく、私はあの中古屋の地で、僅か1日で10年分の進化を遂げたのだ。これにはベイカー街の亡霊もびっくりだろう(伝われ)。当時の小学校では、DSを持っていることがある種の人権と化しており、ようやく人間に成れた、と安堵した。だがここで、1つの重大な問題にぶつかった。

 前述の通り、ゲームを買うことを禁止されていた私には、DSを入手しても、ソフトを確保する手段がない。級友に借りるのはPTA的に許されず、大人にねだれるような環境にもない。終わりの見えない『待て』は、好奇心・自制心・子供心その他諸々を容赦なく粉砕していった。家畜の躾よりよほど残酷なモノだったように思う。

 大げさなようだが、上げて落とされたときの子供の傷つき方は尋常ならざるものがある。そのうえ、そこでもう一度引っ張られたら、それはもうお手本のように引っかかってしまうことだろう。故に、あの時に私のことを釣り上げた相手が任天堂で良かった、とは今でも思う。もしも道を極めた方々からのお誘いだったとしたら、今頃私の臓器は幾つか減っている。

 当時仲間内で流行していたゲームソフト、『Newスーパーマリオブラザーズ』には、『DSダウンロードプレイ』という機能が存在した。早い話、1本のカセットで2人対戦が出来る、という優れモノだ。今ではそこまで珍しくないのかもしれないが、少なくとも当時の私にとっては、常識外から現れた救いだった。

 美化の補正が掛かっているかもしれないが、あの対戦モードは絶妙なバランスで構成されており、一向に飽きが来なかった。似たようなコンテンツをswitch版などで発売してくれれば、私はきっと飛びついてしまうだろう。仲の良い相手と遊んでいたということもあり、ゲートボーラ―達への恨みを忘れるほどには、当時の私は満たされていた。

 そうした通信対戦にのめり込み、級友の家にカセットのないゲーム機を持ち込んで、ダウンロードプレイで散々まで騒ぎ合った。近隣の方から注意を受けたことも、門限を大きく過ぎるまで時間を忘れたことも、1度や2度の話ではない。今でも、『楽しかったあの頃』という題で回想しようとすると、真っ先にソフト抜きDSと友人の姿が思い浮かぶ。

*

 つい先日、とある大手中古屋チェーンに足を運んだ。件の頃からは十数年が経過しており、当然ではあるが、あのゲーム機の価値は大きく下がっていた。マリオのカセットと併せても3千円程度で購入できる、という事実を知って、奇妙な苦笑いが漏れてしまう。幸い花粉症用のマスクをしていたので、周囲の方々にグロい顔を見せることは無かった。

 あの時は手に取れなかったものを、今は簡単に自分のものに出来る、という高揚感は確かにあった。が、けれど通信対戦をする相手がいない、という心底虚しい現実が、それ以上に重く圧し掛かってきたのだ。小学生の頃はどうして遊ぶ友達がいたのだろう、と本気で考えてみたが答えは見つからない。

 ゲーム機と逆で、当時はさほど貴重ではなかったはずなのに、今となっては何処を探しても見つからない。プレミアがついている、という奴なのだろうか。虚しいことを考えながら徘徊していると、一人でゲートボールをする未来が見えた。


 ベイカー街の亡霊は良いぞっていう。

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