【短編小説】煙突を覗いて落っこちる話

小説

 自作短編小説、『煙突を覗いて落っこちる話』を晒すページです。文字数は4千と少し、読了目安は6~7分です。

 あらすじ:煙突を覗いて落っこちます。

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煙突を覗いて落っこちる話

 陽気な街に難癖をつけるつもりはないが、サンタクロースを夢見る子供に贈られたクリスマスソングについて、僕は一言物申したい。あと一歩でいい、どうかもう少しだけ常識的に考えて欲しいのだ。
 サンタ氏が『あわてん坊』である、というキャラ補正については、ひとまず無しで考えよう。成人男性が煙突を覗いて落っこちたら、普通は痛いでは済まないはずだ。骨折で済めばマシな方、最悪の場合は打ち所が悪くて死に至る。その点を再考してくれないか。

 無粋なツッコミに何の価値がある、歌だからで話を片づけていいだろう。つまらん主張で子供の夢を壊すな。そう反論する大人の感情はよく分かるし、僕も他人事であれば似たような台詞を吐くかもしれない。

 だが、己が同様の立場に置かれている、という摩訶不思議な情報が加わったとき、子供たちの幻想を擁護できる人間は極僅かだろう。もっと直球で表現すると、煙突からの住居侵入を依頼されたときに、ハイ良いですよ、と答えられるのだろうか。何せ己の命がかかっているのだ、嫌でも現実を見てしまう。

「やっぱりダメです無理です死んでしまいます」
「お兄さん、無粋なこと言わないで。サンタさんが煙突から落ちてくるところを見ないと、妹は年を越せそうにないよ。それにお兄さんの優秀さは私が保証するからさ。よっ、細マッチョ!」
「年末は自宅で過ごすと決めているので。病院や墓での寒々しい年越しなんて嫌です」

 僕は、とある学生清掃員としてこの屋敷にやってきた身だ。掃除機をかけ、窓を拭き、煙突の煤を払う。少し方法を学べば誰でも出来る雑務を作業的にさばいている。週2回のアルバイトであり、僕のような大学生でも学業と両立させられる役職。求められる技能は並より少しだけ優れた体力くらいなもので、隠密行動能力もラペリング技術もスタンドマン適性も必要ない。
 ちょうど一年ほど前に、サークルの先輩から引き継ぐ形で押し付けられたこの仕事。だが金払いは良いし待遇もまずまず、世間的に見ても美味しい類のアルバイト――だったはず。

 つまるところ、だ。煙突から住居に侵入してサンタクロースを演じ、お屋敷の娘さんを喜ばせる。そんな危険なミッションは、一介の清掃員には全くの職務外だったのだ。

「でもお兄さん、昔サンタさんの仕事をやっていたって言っていたよね。頼むよ、どうかお願いできないかな?」
「サンタさんが皆特殊な訓練を受けている訳ではないですから。僕は街中でチラシを配るタイプのサンタさんだったので」
「私の妹はね、煙突から自由落下するサンタさんを見ないと死んじゃう病にかかっているんだよ」
「そんな珍しい病気なら、いますぐ入院しないといけませんね」

 清掃担当となった屋敷には、2人の娘がいた。12歳の姉と9歳の妹、フィンランドの英雄を信奉し、ついでに清掃員の僕にもそこそこ懐いてくれる可愛らしい少女たち。だがどうやら、姉の方には小学6年生相応の常識は備わっていなかったようで、その事実が僕を現在進行形で苦しめている。

 12歳少女の要求は、『あわてん坊のサンタクロース』のようなプレゼント渡しで、彼女の妹を喜ばせることにあった。屋敷には毎年クリスマスイブに本物のサンタ様が訪れるが、彼は完璧で幸福なので煙突から落ちるヘマはしないらしい。
 なので僕に、クリスマス前にやってきて侵入失敗する紅白のおっさんを演じ、妹を笑顔にして欲しい、と告げてきた。もう一度言う、この娘は僕に『煙突から落ちろ』と頼み込んできている。

「受けてくれないと、お父さんにある事ない事いろいろ吹き込んじゃうよ。お兄さん、たしか来年は就職活動だよね、影響が出たら心配じゃない?」

 違った。頼みではなく脅迫だった。
 屋敷の長は、とある有名警備会社のトップに君臨する人間だ。スカウトにより優秀な存在をかき集めて出来た超人集団、そんな大層な組織のボスを敵に回しては、僕は遠くないうちに朝日を拝めなくなるだろう。なんなら、年明けのめでたい夜明けまで持つかどうかも疑わしい。
 だが、彼女の要求を呑めば無傷では済まない事もまた確か。不条理が極まった2択、アルバイト清掃員の悩みにしては随分と深刻な話だ。やはり、美味い話には裏があるらしい。

「……僕の代わりに、きみのお父さんの会社で働いている人に頼んでみるのはどうですか。きっと上手に投身してくれますよ」

 まだ見ぬ警備会社員さんに心内で精一杯の土下座をしておく。すまない、僕は自分の命が惜しい。恨むならサンタ文化の元凶であるニコラウス氏をターゲットにしてほしい。
 と、現実逃避の構えを取っては見たが、そう上手く事が運んでくれないことも、僕はどこかで気付いていた。少女は無情であり、そしてある意味常識的でもあったのだ。

「いやいやお兄さん、深夜に煙突から知らない人が入ってきて、9歳の子供が平静を保っていられると思うかい? 少なくとも私には無理だ、泣き叫んでしまうよ」
「知人がサンタコスで落ちてくるのは平気なのですか?」
「お兄さんは雰囲気が道化染みているからセーフだよ」
「……そもそもプレゼントなんて準備していませんよ」
「大丈夫、私が本を買っておいたんだ。はいこれ、妹に渡してあげて。煙突部屋の枕元に靴下が置いてあるから」

 言葉と共に渡された物体は、大人用の分厚い辞書。それも2冊。子供にプレゼントする本にしては、些か硬度とサイズが大きすぎる。運搬者である僕を苦しめるためだけに用意したプレゼントなのでは、と邪推してしまう。

「広辞苑と大辞林……? 妹さんって9歳ですよね?」
「複数のソースから情報を得る癖を付けて欲しくて」

 明らかに9歳少女に求める考え方ではないだろう、という話はさておき。
 彼女が差し出したそれらは、日本の辞書界を代表する2大ビッグネームであり、総重量はおおよそ7キロ。清掃員の大学生は、これを担いで煙突から降下しなければいけないのか。僕には勿論、その道のプロでも骨が折れるミッションではなかろうか。
 当然ながら、一般に流通している靴下には入りそうにない。もしや、足袋にも業務用の大サイズが存在するのだろうか。……いや、僕はサンタ姿でのアルバイトも経験したことがあるが、辞書2冊が入るほど大きな靴下は見たことがない。

 常識の壁に衝突し、ろくに呼吸も出来なくなった僕に対して、12歳の少女は何の悪意もない笑顔を向けてくる。いっそ彼女が満面の悪人顔を浮かべていれば、僕も良心を傷めずにバックレることが出来たのかもしれないが、しかし目の前の少女は溢れんばかりの期待を抱いていたのだ。
「それじゃあ今日の夜、日付が変わるころ。暖炉の火は落としておくから、気をつけて落っこちてきてね」

*

 侵入完了。幸いなことに打撲で済んだ。とはいっても、運が良かった訳でも、技術面で善戦出来た訳でも、サンタ服の防御力が異常に高かった訳でも無い。言ってしまうと、単にズルをしただけなのだ。
 よくよく考えれば、日付を跨ぐ頃の深夜帯は、9歳の子供が起きていられるような時刻ではない。ならば、煙突の向こう側――暖炉の傍には誰もいないと予想でき、『煙突から落っこちる』という要素は必要ないように思えた。というか、無理やりそう結論付けたのだ。

 そんな訳で、清掃用具を駆使して煙突を降りた僕。全身を煤だらけにし、無様に不時着しながら、何とか人型を保ったまま妹氏の眠る部屋に侵入できた。背負った白い布袋、その中身の辞書2冊は執拗に僕の足腰をいじめてきたが、それでも根性で何とかした。
 そうして辿りついた部屋の中。ターゲットの9歳児は、事前情報の通りベッドで寝ていた。ついでに、妄想の通りの業務用足袋まで用意されていたのだ。都合がいい、このまま辞書2冊を枕元に置き、早く場を離れようではないか。煤で真っ黒になり、更には12月の冷気に侵されきった身なのだ、早く帰って風呂に入りたい。

 と、事態の好転にほっと息をついてしまったことが、僕にとっての最大の敗因だった。あるいは危険を察知し、煙突からの離脱に移行しておけば、僕は真っ当なままで居られたのかもしれない。だがアルバイトの青年は愚かにも、辞書2冊の重圧から解放された喜びを噛みしめてしまったのだ。

 ぱしゃり。深夜の沈黙を台無しにしてなお余りある機械音が、夜闇に喧嘩を売るようなフラッシュが、僕の五感を襲った。一拍遅れて、12歳少女の憎たらしい声が耳に届く。

「……おや、おかしな格好をしたお兄さんがいるじゃないか。いくらクリスマスだからって、サンタのコスプレをしているからって、他人の家の煙突から不法侵入して良い理由にはならないよ?」
「いや、きみが依頼したことを遂行しただけじゃないですか」
「何を言っているのかさっぱりだけれどね。少なくとも今撮った写真のお兄さんは、泥棒か異常者の二択にしかならないんじゃないかな」

 スマートフォンを片手に、部屋のドアの隙間から姿をのぞかせる12歳少女。その満面の笑みは、プレゼントの傍で眠る妹氏ではなく、困惑する僕に向けられている。嵌められた、という簡単な事実に気づくまでに、瞬き3回ぶんの時間を要した。
 もしも彼女が擁護してくれなければ、いまの僕が不法侵入者であることを疑う人間はいないだろう。そう理解した僕は、自分よりずっと年下の少女に、生理的に抗えないほどの畏怖を感じていた。鳥肌を誘発させる沈黙に閉じ込められ、すっかり冷や汗に塗れたところで、彼女のニヤついた表情の意味を知る。

「なんちゃって、これで試験は終了だよ」
「……どういうことです?」
「7キロ物資の竪穴狭路搬入、あんな難題をこなしてくれるなんて文句なく合格だ。正式に、お兄さんのことをスカウトしよう」

 いやあ、あの人の後釜のことはあるね。そう零して笑う少女は、見知った12歳ではなく、有名警備会社のご令嬢だった。子供の夢が溢れかえる夜だというのに、彼女はスカウトマンの顔をしていたのだ。対する僕の顔面は、煙突から落下したフィンランドの英雄よりも歪なのだろう。

「何か私に言うことがあるんじゃないかい? 不法侵入の称号は、お兄さんには重すぎるだろうからね」
「……急に、きみの家の会社で働きたくなってきました。根回しをしてもらえませんか?」
「仕方ないなあ。他人の家に押しかけて来るほどの熱意に負けたよ。お父さんには私から話をつけてあげよう」

 それは、二十歳を超えた学生が受け取るプレゼントにしては、いささか重たすぎるものだった。


 メリークリスマス。

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