【短編小説】プリンを食べた人が酷い目に合う話

小説

 自作短編小説、『プリンを食べた人が酷い目に合う話』を晒すページです。文字数は3千と少し、読了目安は4~5分です。

 あらすじ:プリンを食べた人が酷い目に合います。

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プリンを食べた人が酷い目に合う話

 結論から言ってしまうと、プリンを食べた犯人は僕だ。
 つまり、この狭い部屋に蔓延する血の池染みた空気は、新参者である僕のせいで発生しているわけだ。顔面を青筋まみれにしている教授、横で苦笑いを浮かべている九重先輩、そして小鹿のように震える僕という構図は、少なくとも大学の研究室に相応しいものではない。さて、自白をするか否か。

「アタシのプリンを掻っ攫った不逞な輩。お前らのどっちかではないだろうな? もしも自覚があるのなら、タコ殴りにしてやるから表に出ろ」

 怒らないから出てきなさい、そんな常套句の最上位型が、パソコンだらけの狭い室内に反響する。構内の最南端に位置する小さな部屋は、まさに今地獄と化していた。
 発言の主である阿蘇は、ノーメイクでホラー映画のボスを張れるような形相で、自壊しそうなほどに固く拳を握りしめている。今の彼女と、大学教授という大層な肩書を結びつけることは、現代人類には不可能に近いだろう。

 事の発端は、単なる勘違いだ。
 仕舞っておいたチョコが食べたくて、部屋内の冷蔵庫を開くと、目当てのものは見つからず、代わりに安っぽいプリンが置かれていた。交換のつもりで誰かが残したのだろう。十数分前の僕はそう判断し、何の躊躇もなくスプーンを握った。
 確かに軽率な行動だったかもしれない。加入したばかりの研究室での立ち振る舞いとしては、遠慮がなさ過ぎたかもしれない。だが当時の僕は、もし何か間違いがあったとしても謝れば済むだろう、と高を括っていたのだ。

 で、現在。この場に置ける謝罪は、処刑を受け入れる表明と同義である。無理だ、僕は未来のある若者なのだ、誰からも同情されないような理由で死ぬわけにはいかない。メンタルに強烈なパンチが入ったせいか、少しみぞおち辺りが痛くなってきたような気がする。

「というか、何故お前ら二人しかいない? 配属者集めろって言ったよな。九重、説明しろ」
「修士の先輩は企業の方と打ち合わせ中でして。私の予想ですと、あと数時間は戻って来られないかと。博士課程の大船さんは……あの人は知りません」
「犯人が見つからなかったら全員除名にする、と伝えておけ」

 研究室の長である阿蘇は、どす黒い感情を一切隠さずに吐き捨てる。彼女を狂わせた原因は僕にあるわけであり、何とかして責任を取らなければ阿蘇研究室そのものが崩壊する、という危機感や責任感も持ってはいる。だが、果たしてどう出ればいいものか。

「大丈夫、3分耐えれば私達の勝ちです」

 先輩が小声で囁く。時計の針は12時57分を指している。3分後には、この教授は講義に向かわなければならなくなる、という事か。
 それにしても、阿蘇の言葉を真正面から喰らったはずの九重先輩はなぜ、笑顔を張り付けたままでいられるのだろうか。心なしか挑発的な目つきをしているようにも見える。

「九重、随分と生きの良い目だな。何か隠しているだろ、吐け」
「私のコレはデフォルトです。生みの親を侮辱するつもりで?」

 大学構内とは思えない、田舎のヤンキーのようなやり取り。これが先輩と教授の会話だというのだから、この研究室は酷いと言わざるを得ない。件の犯人が僕である、という致命的な事実は、ひとまず棚の上に放り投げておく。
 このまま180秒、せめて二人だけで会話をしていてくれないだろうか――等という甘い考えが災いしたか。瞬き一つの間に、教授の視線は僕の方へと向きを変えていた。

 まずい、目が合っただけで腹痛が酷くなってきた。どうか見逃してくれないだろうか、今すぐトイレに逃げ込みたいのだが。

「……新入り。アタシが、社会人であるアタシが、何を目当てに昼飯を220円のモヤシ定食で済ませたと思う?」

 怒り狂う教員の姿は、ヤで始まってクで繋いでザで終わる、道を極めた方々の厳つい顔面を彷彿とさせる。間違いない、自白でもしようものなら、僕は液状コンクリートの感触を知ることになる。
 だが今の台詞は間違いなく僕に向けられていたものであり、無反応では怪しまれるかもしれない。本当は沈黙を貫きたかったわけなのだが、けれど最低限の自衛くらいはしなければいけないだろう。

「流石にもう少し高いもの頼みましょうよ。おまけのプリンは全部の定食に付いてくるじゃないですか」
「阿保か、プリンは安ければ安いほど上手いんだよ。素人は黙ってろ」

 急に話を振ってきて、答えを間違えると散々な言われ様。歴代の先輩たちはこれと共に研究をしてきたのか、頭が下がる。

 大学の食堂では、定食には必ずデザートが付属する仕組みになっている。それらは何の変哲もない量産型のおまけであり、スーパーに行けば数十円で買えるような庶民臭溢れるお情けの品だ。
 また、過去に先輩から聞いた話によると、阿蘇の味覚には安飯ほど美味しく感じられるシステムが備わっているらしい。欠陥品なのではないか、一度病院で診てもらうべきなのでは、という話はさておき。

 これらの要素を組み合わせて辿りつく結論。我が大学の定食界でぶっちぎり最安値なモヤシ定食、その隅にひっそりと佇むプリンは、目の前で暴れ叫ぶ教員にとって至高の一品だったのだろう。そんな地雷、新参者の僕に分かるはずもなかった。

「この際、連帯責任で今すぐ全員留年させてやろうか。おい九重、確かお前は単位が――」

 言葉を遮るように、室内にチャイムが鳴り響く。タイムリミットが訪れたのだ。煩わしさの象徴であるようなけたたましい音が、今は救済の鐘に思えてならなかった。

「……ちっ。次にアタシが来るまでに、最高級プリンを3つ仕入れておけ。文句はないな」
「安いほうが美味しい、という話ではなかったのですか?」
「馬鹿なガキが。タダ飯は高級なほうが良いに決まっているだろ」

 呆れ顔の先輩に謎理論を投げつけながら、台風は足早に去っていく。
 苦笑いの九重先輩と、すっかり顔面が脱色された僕。狭い部屋には、生き延びた2人が残された。

「アイツ、割としょっちゅうですから。早く慣れておいたほうが良いですよ」

 結局、自分が犯人です、とは言い出せず。僕にできることは、乾いた笑いで誤魔化すくらいだった。

*

 それから十数秒後、丁度僕がトイレに立とうとしていた頃。のほほんとした女性が、大きなビニール袋を抱えて研究室を訪れた。行方不明となっていた、博士課程の大船先輩だった。

「いやぁ、寝ぼけたまま冷蔵庫のデザートを食べちゃってね。念のため、追加のぶんを買ってきたんだ。……もしかしてボクのせいで迷惑かけた?」
「大船さん、貴女許しませんよ。近いうちに下痢で苦しむ呪いを掛けましたからね」

 九重先輩の目が血走っている。先ほど僕の精神安定を案じてくれていた人物とは思えない、ドスの効いた声だった。
 だがこれで謎は解けた。仕舞っておいたチョコを消費した犯人は大船先輩、つまり実質的な咎人はこの女性。大丈夫、僕は悪くない。責任は彼女に取ってもらうこととしよう。

「悪かったとは思っているよ。償いとして九重ちゃんの分も仕入れておいたからさ、これで許してくれないかな。ほら新入り君もこっちにきなよ、折角なんだ、今から食べようじゃないか」

 犯人先輩は、ビニール袋から2枚の板チョコを取り出し、僕と九重先輩に差し出してくる。が、顔をしかめたままの九重先輩は、手を伸ばさずに疑問を口にした。

「プリンを食べたのに、買ってきたものはそれなのですか?」
「……何の話? ボクが食べたお菓子は、冷蔵庫に入っていた板チョコだけれど」

 二人の会話を聞き流しながら、受け取った菓子の包装を開けようとしたその時。継続していた腹痛が急に激化した。メンタルでカバーできるような生易しいものではない、人間には抗えない類の強烈な苦しみが僕を襲ったのだ。

「……実は私、嫌がらせのつもりでアイツのプリンに下剤を盛っていたのですけれど。大船さんが食べていないのだとしたら、一体あれは誰のお腹に?」
「下痢の呪い、ってそういうことか。九重ちゃん、流石に犯罪は止めておきなよ」

 先輩方が何か話しているようだが、痛みのせいでよく聞こえなかった。


 お読みいただきありがとうございました。

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